世界の歴史は、天の経綸を地に布かんとする神と人間の背負った業(カルマ)が衝突する戦いの歴史であったーー世界史上最大の秘史である古代イスラエルと日本民族の秘密、そして大東亜戦争における日本敗戦に隠された秘密目的、その真相を暴く。
古代イスラエルと日本民族の秘密?戦争と平和の神〈1〉
出版文化社刊/四六判 上製本 508頁
定価1,890円(本体1,800円+消費税90円)
ISBN-13:978-4883382880
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現状を固定するのが平和だと考えたら大きな間違いである。神は平和のみをもたらすものではない。神は本質的に「戦争と平和の神」である。
何の戦争も何の革命もない世界、それは恐ろしく濁った腐敗の世界である。濁り水は、あるいは白濁し、あるいは緑濁し、そこからはメタンガスが吐き出されてくる。日本人は、世界の中で本質的に最も清さを尊ぶ国民であろう。少なくともかつてはそうであった。その日本ですら、戦後五十八年目の今日、政界も官界も業界も学界も宗教界も教育界も、またマスコミ界も、濁りに濁っている。平和が唯一の価値になった国を襲う、あまりに当然の濁りである。
キリストの預言、「神の国は近い」は真実であることが、これからの三十年で実証されるであろう。神にとってそれはたったの三十日にすぎない。だが神の国が到来するまでに、世界は劇変を味わうことになる。神は最終的に平和をもたらすが、その前に戦争をもたらすからである。人間個人がいくら戦争を嫌っても、世界が神の手によって動いているかぎり戦争は必ず来る。
世界は、人間自身がつくった業(ゴウ)と神の未来ヴィジョンが衝突する時に、発生する熱によって鍛造されていく。神も仏もないものか、という人間の呪いにもかかわらず、その地獄の業火そのものの中に神の導きがある。人間の歴史は、人間だけがつくっているのでも、神だけがつくっているのでもない。人間の歴史は人間の業を背負った青龍刀と、神の意志を体した日本刀が火花を散らす、その火花によって鍛造されていくのである。ニーチェは「神は死んだ」と言った。にもかかわらず神は死んではいない、神は生きている。永遠の命である神は人間を見棄てたこともなければ人間を讃めそやしたこともない。神は塗炭の苦しみに喘ぐ人間を冷然と見守りながら、機を計って救いの手を差し伸べる。この救いの手を弱者は捕むことができない。どのような困難に遭ってもたじろがぬ強者だけが捕むことができる。憐れみを乞う者に神は手を差し伸べない。活地(カッチ)を求めて戦う者だけに手を差し伸べる。(「はじめに」より抜粋)
大日本帝国滅亡に隠された秘密目的?戦争と平和の神〈2〉
出版文化社刊/四六判 上製本 320頁
定価1,680円(本体1,600円+消費税80円)
ISBN-13:978-4883382897
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では、国が腐敗しているか否かは、何を基準に判定するのか。権力者と国民の間に立つ管理者集団(代表が官僚)の中に義人が多いか少ないか、それともいないか、によって判定する。義(タダ)しい主張をする者が管理者集団のトップになれるかどうかである。義しい主張とは何か、ハートから奔(ホトバシ)る主張である。
ハートから奔るとはどういうことか、と薄ら笑いを浮かべて嘲笑、苦笑する者は腐敗人である。義人であれば、私の言葉の意味が瞬時に腑(フ)に落ちる。腐敗とは偏(ヒトエ)にハートの腐敗なのである。ハートは聖所である。この聖所を誰も冒すことはできぬ。だから誰も当人以外、その腐敗を治すことはできないのである。だから、腐敗したハートの持ち主は、根こそぎつまみ出して火の中に投げ込むしかない。国全体を健全にしようとしたらそれしかない。腐敗したハートに人権など無い。その意味で人は生得的に人権を持っているとする、いわゆる民主主義的な見解を私は真っ向から否定する。人権とは元来神権であり、神から賦与された特権である。神は腐敗した人間を繁栄させるためにこの世を創ったのではない。
健全な国家とは、義人が大臣・官僚に前(サキ)んでいる国のことである。自分たちの役割は国の統治者の意志を国民に形として伝えるチャンネルであることを骨の髄まで認識している大臣・官僚で固められて、国は初めて健全になる。チャンネルとは導路である。導路にコレステロールが詰まったら、それを強行手段で浄化する以外ない。(「第二節 歴史哲学序説」より抜粋)